中米カリブの女社長ブログThis is ベリーズ!”

ベリーズ政府観光局公認ガイド、ツアー会社社長 、日本食レストランの顧問、ジュエリー輸出、観光開発コンサルタント、NGOシェアーズで音楽教師&日本語教師をしているソリス麻子のブログです。

77a00904.JPG語学研修期間最後の週末は、ベリーズ最大の観光都市、サンペドロへ。

その日は、中南米の美女たちが集まるCOSTA MAYA FESTIVALが催されているとかで、私と同期のゆみちゃんは、好奇心とフェスティバルのダンスを楽しみにホテルの予約もなしで旅立ってしまいました。

サンペドロへ行くにはベリーズシティから、ウォータータクシーで
1時間ちょっとのアンバーグリースキーという島に渡らねばなりません。

よくもこんなにというほど、ミスコンには人が来ていて、
先々週のようなバックパーカーのように宿を取ることができず
私たちは、ミッドナイトコンサートのチケットを買い、野宿も覚悟でした。

が、しかし。
最後になんと海辺の一番乗り場に近い部屋の角部屋が空いている、
と聞き、私たちは、200BS$(5000円くらい)でキッチン、リビング、ベッドルーム、
シャワー、クーラー付のスィートなお部屋に泊まることができました。

サンペドロの物価は、2−3倍なのでこの値段でこれだけの幸せを
感じられるのは、本当に幸せなことです。日本では、お金を使おうと
思えば、いくらでもキリがありませんが、この国では、何とか
自分のお金で、この国の贅沢を何でも買うことができます。

これは、日本人として外国に住む上で非常に考えさせられる問題になります。

sushibar
足が砂のレストランでロブスターを食べ、

外国人のすしやさんでおすしを食べ、

真夜中のコンサートでメキシコ歌手と踊れて弾けるバンドの演奏に
身をつつみ、体の中から熱くなるような感動を覚えました。

私もこんなイベントを作ってみたい!
最近は、いろんなものを見るたびに人や色んな素材があって
発展させていく自信がわいてきました。

最後に日本にもうすぐ帰る隊員さんが、サンペドロに
初めて日本の国旗を掲げました。
わざわざ日本から持って来てもらったもの。

そして、サンペドロにお寿司やさんが出来たのもここ数日のこと
だということでした。日本人でこの国に来てるのは、ボランティアだけなので、
外国人がにぎって、外国人観光客が食べるんですけど。

何千キロも離れた小さな国で、日本の血が流れようとしています。
そして、オリンピックも隊員連絡所のテレビでみんなで応援していますよ。
sushi

4649315e.JPG

遺跡、海に続いて、ベリーズの動物編です。

遊んでばかりの投稿ですみません。
先週末は語学研修期間最後の週末、ということで
金・土・日 遊び尽くしてきました☆

まずは金曜日。
語学学校のクラスでフィールドトリップに行くんですね。

まずは、国の動物バクです。
鼻は象、目はサイ、体はウマ、堂々たる面持です。

思ってより、デカい!

バクは夢を食べる動物、として有名ですけど、
ベリーズの人は、鉄や兵器も食べると思っていて
「平和の象徴」として拝められているようです。


toucan

私が一番お気に入りだったのは、
ベリーズの国鳥、トーカン。

ホントに塗ったんじゃないの?という色鮮やかさで

最後は・・・・
これって何かテレビで見たような
へびの首巻き!Boaは
よく聞くけど、見るけど、、、重い! 

毒はない、と聞いて安心して乗せてみたけど
あとで聞いたら、強靭な筋肉で首を絞めて
動物を巻き殺す、ということでした。

Boa

いよいよ来週から、仕事始まります。
〔Youth for the future]は、学校を途中でドロップアウトした子や刑務所から出てきたような子が来ると
聞いてビビっています。さぁ、どうなることやら。

Carribiansea

パラダイスって呼ばれる場所は、こうゆう場所なのだと思いました。

青い空、透明でエメラルドグリーンに映る海。

ベリーズシティから33キロ。ウォータータクシーで約1時間(日本円で
往復約1800円位)いくこと全長7キロ、南北に延びる細長い島です。

島について、まず最北端にある「レイジー・レザード」へ。
日本語に訳すと“なまけものトカゲ”の店?
ここには、目の前にビーチがあって遊んだりゴロゴロしたり、
ボートがあると思えば、ボートの上でもやっぱりゴロゴロしてる。

ここでえびバーガーを食べて、今度は、南の方へ。大好きな
ベーカリーのお店や日用品の買えるお店を見つけて、食べ物を持ち込み
久しぶりにバックパッカーのための安宿に泊まることにしました。

デイジーズっていうところで、シャワー、トイレは共同。
泊まりたいと言ったら、特にチェックインもなくて、名前も聞かれず
鍵を渡された。壁に一泊約1000円、朝10時までに払ってね。と書いて
あった。

部屋は個室だし、無駄にダブルベッドだし、扇風機があるので
十分。ベリーズ産のラム酒を飲みながら、日本を発つ前に
最後に買った本が

五木寛之の「愛について」。

うわっ、日本語で久々に読める本がこれかー。と思うと重かったですが(笑)
これもめぐりあわせだな、と思って一人夜長を楽しみました。
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shark

ボートの上から、サメが見える、エイが見える、うようよと集まってくる
群れ。それなのに

「Let's go!」って、うそー、この中に飛び込むのー!
と思って、潜った瞬間、私はもっと絶叫した。

水族館の中の餌になった気分。

私が海に入っても、サメたちは逃げない。

それどころか、いっしょにすぐそばを優雅に泳いで、ヒレを
さわらせてくれた。

限りのない海。檻のない海峡。それなのに、どうして魚たちは
ここに集まってくるんだろ。

よく見ると、コバンザメの背中にコバンザメの赤ちゃんが、
コバンザメのお腹の下に、ちがう種類の魚が隠れてひっついて
泳いでる。

それをコバンザメと同じ高さで見た。
ボンベもダイビング機材もなくて、シュノーケルと海中メガネ
だけで泳いで。

やっぱり魚もみんな共生してるんだね。
私も、この感動を日本にいる友達やみんなに伝えたいなぁ。

Sanignasio

ここに来て、早くも2週間です。
ベリーズの首都ベルモパンから、さらに西へ。
今日は初めてシュナントニッチという
マヤ遺跡の中でも、とても高い遺跡に上ってみました。

なんとここからは、隣の国グアテマラが見えるんです。
高さ40Mのピラミッドの壁面には、マヤの装飾が今も残って
おり、今から何万年も前につくられたものが
今もこの国で一番高く、誰がいつ作ったのか知られていない、
というのは本当に不思議な世界だと思いました。

途中、バタフライファームという20種類以上の蝶々を
生育しているところに立ち寄っている途中、
車が動かなくなりました。

こんなことは日常茶飯事だから、外出するときは
日本みたいに帰宅時間を決めたり、次の用事を入れたりできないものだ、
と痛感させられました。

15460fd1.jpg
待っている途中、マヤ民族の工芸品をつくっているところに
行くと、とてもかわいい子どもたちに出会えました。
よく観察していると、小さいのに働いてる。
工芸品のもとになるCRAYを削って、集めている。

カメラを見せるととてもはずかしそうに
出てきたり、ひっこんだりしていました。

子どもは他にもいるのに、この小さい男の子に
なぜこんなにときめくのかと考えると、
この辺では珍しい、サラサラヘアであることに気づきました。

そして、目がつぶらで純真無垢そのもの。
今、なんつった?こら?みたいな。

しばし灼熱の太陽下でのどうしようもない時間を
忘れることができました。

次はいよいよ島に行ってみたいと思います。

ベリーズの首都は、ベリーズシティから1時間ほど離れた
山の上にある。“○○の歩き方”という有名なガイドブックの中米編に
2ページだけある、世界で一番のどかで牧歌的な首都と謳われているところだ。

ベリーズシティが以前は首都だったが、ハリケーンの影響で
1971年にベルモパンに首都が移された。

日本でいう北海道のような景色の中に、ただ省庁と銀行があって、
この町は自転車で30分もあれば回れてしまうほどの規模だ。

治安はいい。3週間、ここのベリーズ大学の学生として語学研修を受ける。
午前は、英会話、英文書き、読みで
午後は、スペイン語だ。

英語は期待していなかっただけに、3人だけの少数精鋭授業と
アドバンス内容で、アメリカ大学並みの広大なキャンパスと教室で
○ICAはさすがだなー、と大変満足している。
スペイン語は、気持ちの準備ができていなかったので
正直つらい。そしてなぜか、私のお腹か毎日午後3時になると決まって
痛くなる・・・。

パソコンも20台以上あり、100MBという信じられない環境だ。
最大の難点は、持ち込んだラップトップをつなげていると、小さい蟻が
キーボードから手にまではい上ってくることだ。体はまだ我慢するとしても
パソコンの中に入って悪さをしないかが、本当に心配なところである。

行き帰りは、日傘をさしてホームスティの家まで歩いている。
途中に中国人の経営する生活用品店や簡単な食べ物の店が数件ある。

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5985bd3c.JPGここに来て1週間。初めてお腹をこわしました。
暑さで汗は吹き出るから、水をいつもの倍以上飲むんだけど
一気に飲むと、お腹はごろごろいうし、
最初は、「痩せちゃう(嬉)」と言っていたのが、5キロ以上
痩せると強制送還なので、最近はちょっと不安になります。

心当たりは・・・といえば、生臭い牛乳、カビのはえたパン、
肉・・・と心当たりはつきないのですが、当初、ホテルや寮で
自分の好きなものしか買って食べてなかったので、急に
ホームスティで見たことのない取り合わせに体がびっくりしたのでしょう。

ベリーズ人は、朝、昼をよく食べ、夜は小食です。
来た日は、ポテトをすりつぶしたものに、ハムをすりつぶしたような
スープ、翌日は、白い卵(黄身が白っぽい)とパンで
昼食にはサンドイッチを作ってくれたのですが、
「ビックランチはいらないよ」と言ったら、サンドイッチの具が
マスタードしか塗ってなくて、本当に気持ち悪くなってしまいました。

しかし、ホストのママは本当に悪気はなく、とても心配して、一生懸命
合わせてくれようとしてくれて、今日、日本でどんな生活を送っていた
のか、と話したら、「日本人は、魚が食べれるのか」とか「ごはんは朝
でも食べれるのか」と驚いていました。

お腹のウィルスは平行線ですが、今日は金曜日です。
何とか今日を乗り越えれば、土日なのでゆっくり休養したいと思います。
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ホームページとバックアッププランを使っての応募に事務所から
待った、がかかった。このホームページを作って約一週間、
まだ思案中で、限られた人にしか知らせてないのでおどろいたが、
やはりインターネット上にあるもの、いろいろな配慮が必要だ。

実は先日、ベリーズから日本のビジネスプランコンテストに企画書を
提出した。目的は、ベリーズに日本から支援隊を送ってもらって、
私一人でやっている青少年活動をより浸透させることと日本にいる
友達にもベリーズをぜひ知ってもらいたいことである。

コンテストは日本にいる友達に代理で出席してもらって、
ネットでオンラインでプレゼンできればいいな、と
思っている。WEBカメラを持ってきたので、これを機会に試してみたい。

本来ならば、私が任務に着いてから、現地の要請を組んでから
よく吟味した上で事務所を通じて、発表しなければならないのだが、

私の強みは、「走りながら、動くこと。」

2年は長いようで短い。

何かを起こす時には、企画が必要だし、すべて決まってから動くのでは
遅すぎるし、
だから私はいつも先に動くようにしている。

実現に向けて、頑張ろう!

bb2d85d8.JPGI began jogging this week.
I run at least 6:00 not to be late to rize sunshine,
then Some Belizian also are training and some old men
were swimming in the sea. Children were floating on the sea like chocoballs.

I heard there are some training gymnasium in the suburb but
I'm sure that would be in success if it was in the city.
Recenty I always think about what advantage of Belize,
for instance, sales rate, bussiness scale and so on.

Today I decided to be a busy woman in Belize.
Let's training for hot and taugh working!

今週からマラソンを始めた。
日が高くならないように6時には、海岸沿いを走るのだけれど
ベリーズも意外に健康ブームで、朝からトレーニングをしている
人をよく見かける。海から上がってくるおじぃちゃんもいる。
チョコボールのように海に浮いている子どもたちもいる。

街のはずれにはトレーニングジムもあるらしく、私はまだ行っていないのだが、
街につくれば、繁盛するだろう。
最近、ベリーズが発展するにはどうしたらいいのか、何につけても
気にするようになった。
店に入っても、回転率や出展規模や・・・

今日、私は、
ベリーズで一番忙しい人になる!と心に決めていた。
暑さと重労働に耐えられるように強くなろう。

baf6c570.JPGこっちの昼休みは長い。オリエンテーションも9時半から始まって
11時にはお昼で1時から始まって、2時か3時に終わる。
気がついたら、一日3時間位しか働いてないのでは?

でも夜は長い。私たち日本人は、6時以降の暗くなってからの外出は
危ない、と言われているが、
夜の生活を知らずに本当のベリーズを知らないのでは?
と勝手に思ったりする。

他の隊員は、美術、音楽、体育とはじめて学校に
情操教育を取り入れる。

私は学校配属ではないし、専門家でもない。でも
歌を歌ったことのない一般の人がいるのを聞いて、
私も何かしたいと思った。

この2年でできること。
アートと音楽とダンスの祭典、もちろん障害者をもった人も
参加できるようなフェスティバルをつくりたい。

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