中米カリブの女社長ブログThis is ベリーズ!”

ベリーズ政府観光局公認ガイド、ツアー会社社長 、日本食レストランの顧問、ジュエリー輸出、観光開発コンサルタントをしているソリス麻子のブログです。

December 2004

2004年の業務もほとんど終了だ。

当初、起業家育成の担当としてこの要請で来たが、
ふたをあけてみると、2002年から1年半続いた起業家支援は、
すでに終了しており、私は今、ベリーズ青年政府ユースフォーザ
フューチャーの全体の戦略企画部にいる。

要請がJICAに上がり、隊員を公募し、派遣されるまで、1年以上の
ブランクがあるので、JOCVではこうしたことがたびたび起こると
考えられる。時代は常に変わるものだから。

しかし、1年半続いた起業家支援がなぜ終わってしまったのか
を考えると、私の鼓動は熱くなる。

そもそも、ユースフォーザフューチャのもつ起業家支援とは
ローンシステムにあり、一人最高7000ドルがビジネス立ち上げのために
与えられ、今までに約100組のベリージアンがこれを受け取ったという。

しかしながら、その返済期限2年のうちにローンを返済する人は
ほとんどいず、国のお金になっているため、このローンが帰ってくるまで
は、支援を打ち切ると2003.12月終了に発表したそうである。

ちなみに今までに成功している例は、
ツーリスト向け馬車、印刷会社、散髪屋・・・そんなところらしい。

私が、今年の8月23日から赴任して4ヶ月。まだそんなものかと
思いつつ、残り1年7ヶ月と思うとカウントダウンが始まっている。

残り19ヶ月で何が残せるか。私の仕事はコーディネーション。
残り7ヶ月で私にできるものすべての投資をしたい。
そして残り1年で、ベリーズの自立支援のために精力を注ぎます。

今までの実績と今後の計画

2004.9
10    
11    ベリーズララトンの開催/$500BZ支援獲得(JICA)
12
2005.1  パソコン5台/プリンター7台申請予定 /$3000(小さなハートプロジェクト)
2
3    ナショナルカウンスルの開催(Youth for the Future)
4
5    広域研修インターナショナルカンファレンスの開催/$ ?????? (JICA)
6
7    ベリーズリーダーズキャンプの開催(Youth for the Future)
     日本使節団の受け入れとフェアトレードの立ち上げ (Y大学)

来年後期は、Youth Govementから絶対Enterprize Unitに行きたい。
願えば叶う。思いつづければ叶う、と信じて。

みなさんもよいお年を。

xmas

ひまわりとクリスマス。なかなか見ない光景でしょ?

さて、今年もあと少しで終わりです。

今年のクリスマスは、職場の同僚の秘書さんの郊外の実家へ
ゲストとして24,25日と過ごさせてもらい、本当に
よい時間を経験することができました。

まず第一に、家族のつながりの強さを実感。

彼女(Yolany)と彼とそのベイビーと
Yolanyおとうさんの所を訪問し、
そのあと、彼の方の実家を訪問し、
次の日には、Yolanyの第1お兄さん、第2お兄さんの
お宅を訪問し、どこに行っても、姪っ子やら甥っ子やら
さすがベリージアンは子だくさん!

どの家にも、豚丸蒸しのハムと、ターキーと牛の燻製があって、
(太りそう・・・)と思いつつも、それ以上においしく、
自分では作れないクリスマス料理に、ダイエットは来年から!(笑)

第二にオレンジウォークという田舎の良さ、大発見。

普段は、ベリーズシティという一応、都会に住んでる私。
夜は危ないから出歩いちゃいけないし、それはどこでもそうなの
かも知れないけど、この日だけは、ゴメンナサイ!

クリスマスイブの夜10:00からは、教会で音楽礼拝が
あるんです。夜はライトアップして、みんな踊りに出かけるから
大丈夫、と信じて。

12:00のExpressに乗って、昼過ぎに着いた私たちは、
ショートパンツにサンダルというスタイルで、今宵のために
Yolanyと一緒に町に繰り出しました。
それは、とってもチープ、チープなマーケットの数々。

まず私は、$7(約400円)でクリスマス用の髪を切ってもらうことに。
ヘアカタログの代わりに、染色用のヘアダイのパッケージを見せて、
長さは変えないで、こんな感じにと、確認。
髪の毛をひっくりかえして、前に垂らして、

「大丈夫かな・・・」

と思ったら、案の定、

「バサッ」

と7センチくらい髪が落ちた。

「あ”っ」

長さは変えないで、っていったのに・・・と思ったら、
髪の毛を戻したら、後ろが残ってる。「ほら、いいでしょう?」
となんとかそれらしいレイアースタイルが3秒でできた。
あっという間に終わったものの、まぁ、いいか。
ここはベリーズ。

私たちは買い物を続けた。

夜ごはんはトルティーヤで、水のシャワーで全身綺麗にして、
しばし団欒のあと、いよいよ教会のセレモニーです。

みんなドレスアップして、歌ったり、ショートスキット(劇)が
あったり、サプライズプロボーズがあったりして
夜12時までサービスが続きました。時間になると、外では
花火がそこらじゅうであがり、皆、「ラブ&ピース!」と
握手したり、ハグしたり、日本ではニューイヤーが来たような
温かなクリスマスでした。

しかし、そのあと花火のクオリティがよくないので
町じゅうが煙でもくもくになったり、演奏のギターの音が
ずれてたりして、いつも何か”クックックッ”と
笑ってしまうのがベリーズです。

水が止まったり、走ってて車がパンクしたり、見てるのは
本当に可笑しいんだけど、どうかインターネット回線だけは
おちないで・・・

最近、マイアミからの海底ケーブルが故障し、
ベリーズ国中のインターネットが使えなくなったりしてました。

私のパソコンもご機嫌がよろしくないらしく、
XPのバージョンアップに失敗し、Windows2000で再スタートです。

更新が遅れてしまいましたが、
これからもよろしくお願いします☆

そんな名前のついたベンチがありました。

一見、ただの牧場でした。ベリーズでも、シティで会社員生活をしてると
やっぱりストレスってたまるんですね。私は、あんまりないですけど(笑)
人間がストレスフリーなのかと思ったら。
ここにいる動物たちがストレス・フリーだった。

animal

うし、ひつじ、ねこ、いぬ、あひる、にわとり、しちめんちょう、
うさぎ・・・一体どれだけの動物がいたのでしょう。
私たちは、訪問者。
動物たちが私たちを見ている。


そして果物狩り、みかん、オレンジ、ライム、スウィートライム、
バナナ、グアバ、ココナッツ。取り放題。
日本みたいに柵なんてない、すごい開放感。

kinoue

私が何か考えてる時が好きだ。
木の上に座ってただ見てるだけでいい。

と、思ったけど、連れてきてくれた職場の人は、
「おい、なにやってるんだ」
と果物狩りに夢中。

最後はココナッツ。オレンジの実は、まわりを削って穴をあけて、中身を飲む。
緑の実は、なたで割って、白い実を食べる。ココナッツの種類によって、食べ方が
ちがうなんて知らなかった。

kudamono
今日は、日曜日。朝起きたら、天気がよくて、教会で音楽礼拝を見て、
家でうたたねしてたら、職場の友達がリバーに行くぞって迎えにきてくれて。
バーで友達待ちながら、ゲームして、ドライブして、川で泳いで、
それから、このストレス・フリー・パラダイスに行き着いた。

これ以上、どんな幸せがあろうか。
今日はいつも楽しい。そして明日も知らない楽しいことが待ち受けている。

来年のスケジュール帳を買った。フランクリンではないが、大きくて
これからどうゆう方向に向かって走るか、大まかなビジョンを描こうと思う。

10年がかり 映画をつくる「Belize Bule」

村上龍が言っていた、プロデューサとして大事なことは、
企画される現場、撮影される現場、編集され、音が入れられる
現場を見ておくこと。脚本、監督をさがすこと。
それに私のできることと言ったら、
宣伝配給会社とのタイアップ
ベリーズ観光局からのスポンサーシップを獲ること。
できそうな気がする。いつか伝えたい。

5年以内  ベリーズでスタジオを経営する

3年以内  ミュージカルをつくる

1年以内  日本から学生をベリーズのボランティア使節団として受け入れる。

現在2006年の7月に行う、ベリーズ全土から青年代表を集めるキャンプに
日本からの講師を招いて、ワークショップを行い、今後のビジネスの先駆け
となるようなしくみを思案中である。現在、某Y大学のボランティアセンターの
教授が興味を持ってくださり、ベリーズ産業を生かしたフェアトレードを
立ち上げてはどうかと提案してくださっている。
来年の2.3月には視察に来ていただけるとのことで、今からこのプロジェクトに
向けて、走る予定。

376b756d.JPGベリーズシティのはずれにハッティビル、というビレッジがある。

職場で仲良くしているエバリーの彼氏が今、刑務所にいるというので
差し入れに一緒に行くことになった。

エバリーの友達らしいタクシードライバーが迎えに来る。
手には、ふかしタバコ?と思わせる怪しいものがあって、
「まずいところに来てしまった・・・」
と、思わずにはいられなかったのだが、亀千人みたいなそのドライバーは
私のことを気に入ってくれたらしく
ビレッジに行ったことのない私を
「ほっほっほっ」と笑って私を歓迎するので、
エバリーについて一緒に行くことになった。

prison

入り口でセキュリティチェックを受ける。かばんは受付で置いていく。
エバリーは、セミナーで余ったお弁当を自分は食べずに彼氏とその兄弟と
エイズの講師をやってくれたエロイという男の人のために食物を確保していた。

中に入ると、道の両側から、動物園のおりのような鉄格子から手や顔が出てきて
「ヘイ、チャイニー」が来たと、通り道にうなりごえがこだました。
何かの映画を思い出して、夢に出てきそうだったので、目はあわせず
まっすぐ歩くようにした。

面会場所はこっちと、さらに細かい網の鉄格子が2枚重なったところで、
エバリーは立ち止まり座った。

奥から髪の毛がロッドで、やさしそうな男が出てきた。
「この人が私の子供の父親なの。」エバリーが言った。

ベリーズで、結婚せずに子供を持つことはとても多い。
半分以上はそうでないか、というほどに未婚の母が多い。
男たちは責任をとるのを嫌う。しかし、法的責任をとらずに
父親が刑務所に入ってしまい、残された母はどうなるのだろう。

エバリーは強い。エバリーは、 Youth For the futureでストリートの
子供を暴力やエイズから守るために働いている。エバリーは、
彼のためにプレイステーションを持ってきていた。
刑務所の中でそんなゲームができるのか、というのと
エバリーは3人の子供を育てながら、よくそんなお金を工面しているのか
というので、驚かされた。

ベリーズの女性には、なんともいえない強さ、美しさがある。

c1bf2db6.JPG朝起きて、何か食べようと思って外に出たら

グレープフルーツ屋さんがあった。

一個手にとって、「いくら?」って聞いたら、「あげる」と言われたので

「どうして?」とびっくりしたら、

「これでいい朝が始まるでしょう?」といわれた。

これにはやられた。

・・・おじさんは一体、何を売ってるんだ・・・、と考えながら

・・・しあわせ、を売っているにちがいない・・・、として、食べた。


食べるほどに本当においしいので、結局2ドルで持ちきれないほど

買って帰った。



placensia

プラセンシアは本当に素敵なところだった。

観光地化されてないが、ちゃんとゲストが泊まって楽しめるだけの

ファシリティがある。特にヨーロッパからの滞在客が多く、マナティ

を見に行くツアーが売れていた。サンペドロやキーカーカーのように

作られすぎていず、白砂のビーチが続き、ちょこちょことデコレーション

されたゲストハウス、スーパー、ジェラートやさんがあったりして

とても心地が良かった。

clab

夜は、普通の食堂で10ドル(約500円)のかに定食を頼んだ。

でかいはさみをバターソースにつけて、ライス&ビーンズで食べる。

滞在したゲストハウスも、海のさざ波が聞こえてとても気持ちがよかった。


私にとって、旅は、一つの分岐点であり、明日への活力をつくる糧になる。

一つの目標を終えた今、次の目標をどうするか、いかに進むか考える上で

とても重要なものであり、今回でもしっかりと刻むことができて良かった。

084027d1.JPGマラソンが終わった翌週、初めての休暇をとった。

2泊3日だが、まだ訪れたことのないベリーズ南部の

ダングリガとプラセンシアという諸島に行くことにした。

バスは一日に数本しかなく、道も未舗装でスリル満点。

しばし、オレンジ畑だけー、とかバナナ畑だけー、の景色を繰り替えし、

プラセンシアとしう半島のラグーンが見えたときは感動。

bus off

途中、トレーラーが道を横切っていたときは、

バスの運転手と乗っていた男性陣が一斉に降りて、道を確認し、

椰子の木にあたらないようにみんなで協力して、バックバック。

バスに5時間ゆられてわけだが、なかなか乙なものでした。

kids


一日めに泊まったのは、ダングリガのプラントゲストハウスで

一泊21ドル(約1200円)。途中、マヤ系の子供に会ったり、
ガリフナ族のワークショップを訪れた以外は、
他に特に行くところもなくて、ひとり部屋で小説を読んだり、
日本にいる友達にクリスマスカードを書いたりして楽しみました。


60026915.JPG11月27日、ユースウィーク最終日。

不安だった天気も快晴で、
ついにベリーズシティをめぐる駅伝形式の
マラソン大会が行われた。

直前のごたごたはあったにせよ、教育大臣の1000ドル寄付と
日本側の隊員支援を頂き、ベリーズ内の15社のスポンサーシップ
をもらい、ユースウィークは、一週間の間、コンサート、ドラマ、
トークショー、フォーラム、スポーツデーと続いた。

その最後がこのマラソンだったのである。

ベリーズタイムと呼ばれる、ベリージアンの慣習のせいで、
イベントは連日、1時間半、2時間、3時間遅れてスタートし、
時間に何もセットアップされないまま、なんとなく人が寄ってきては
なんとなく始まる。そんな繰り返しだった。

マラソンは、日が高くなると危険なので、8時スタートを目標に
7時の集合をかけたが、業者がテントを張り出したのが8時、
先導の警察官もやれやれ、と9時半頃先導を始めた。

エントリーの通りに人が来ない。やっぱり。という感じで
チームを再編成。1チーム12人で4チームをつくり、
Run against Crime, Violence,HIV/AIDSと戦うチームとして
ベリージアンと編成、日本人ボランティアで1チームが参加してくれた。

日本人チームはぶっちぎりという感じで、各ルートを回ったが、
併走する車の関係上、間があくと均されて、早くたすきの渡った人は、
待ってみんなで併走、という平和なマラソンだった。

しかし、中には裸足で12人のルートを全部走ってしまったという
子供もいて、ベリージアンと来年市民マラソンへの可能性を感じることができた。

最後には、ユースフォーザーフーチャーの全幹部の人たちが走ってくれて、
私がこの赴任三ヶ月で、英語もよく通じないまま、100人の署名を集めて
マラソン、という活動を起こしたことをとてもポジティブに評価してくれた。

あまりに初めてのことで、プレッシャーがあれだけ寝ていた睡眠時間を短くして
つらいこともあったけど、やっぱり私は、そのほうが生き生きしている。
学ぶことも沢山ある。

この日は、沢山の夢が叶った日。
また今度、このたくさんの思いを伝えたいと思う。

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