中米カリブの女社長ブログThis is ベリーズ!”

日本人ベリーズ政府観光局公認ガイド、ツアー/コーディネート会社 ベリーズコンシェルジュと日本食レストランの顧問をしているソリス麻子のブログです。

March 2005


半年以上もベリーズに住んでいると、年に3回ある協力隊事業のせいで、
新しい隊員を迎えたり、任務を終えた隊員を送別する機会も多くなった。

日本での送別会というと、会社を辞める人とか引越す人にするものだが、
所詮、日本の枠の中、仲のいい友人はつきあっていくし、一期一会というと、
出会っては消え、出会っては消え、はかない人間関係を歌ったもののように
思っていた。

でも、ここでの2年間はちがう。
皆、持っている2年間という任務の中で、送られる人に自分の2年後を想ってしまう。
皆、2年後はバラバラになるのに、精一杯送る。
日本に帰る人も「一期一会」という言葉を残した。

私は改めて、その意味を調べてしまった。

1)〔茶会に臨む際には、その機会は一生に一度のものと心得て、主客ともに互いに誠意を尽くせ、の意〕一生に一度だけ出る茶の湯の会。

(2)一生に一度だけの機会。

正直、ベリーズでこんなに日本人とのつながりを大切にするとは思っていなかった。
月に一回、友達の誕生日会をするし、私はそれでもベリージアンの友達と遊びに出るのが
多いほうだが、別れる人をこんなに大切にするには、やっぱり価値がある。

heart

それを改めて知った。
この胸のせつなさが、私をまた強くする。
そう信じて、あと活動1年4ヶ月、頑張っていこう。

最近、体の調子がおかしくなって、頭痛、下痢、肩はずし
(これが結構痛かった。1時間ベッドから起き上がれずに、腕が上がらなくなった)
神経系からくるものが、外科系の病気をもたらしたのは初めてだった。

水がとまったり、電気がとまったり、電話会社のストライキがあったり、
昔はあたふたしてたものが、もう何でもないようになってる。

「仕事を3日間は休みなさい」

えっ?だって私元気だよー。
とおもっていたのに、医者さんから意外な言葉。

海外で暮らすには、色んな時期があるって本で読んだ。

1.移住期(何もかもが初めてで、新鮮で楽しい時期)
2.不満期(日本とは足りないものに気づいて欲求不満になる時期)
3、傍観期(自分ではどうしようもない分野を知るあきらめの時期)
4、適応期(自分の居場所とできることを見つけて、適応していく時期)
5、望郷期(日本に帰りたくなる時期)

ウィルス系の病気は、薬を飲んで1つ1つ治していくしかない。
でもディスアポイントマネンジメントは、原因の追求から。

だいたいのこの時期は3ヶ月単位で移り変わるらしいけど、
私の場合は、3ヶ月で適応期まで一度たどり着いて、今、8ヶ月、
3〜5を繰り返している感じ。

pool

でも、悪いことがあればいいこともあります。
神様は私に素敵な休養とプレゼントをくれました。

もう大丈夫です。

今週の日曜日(3/20)の夜、TBS「世界遺産」Belizeの特集が放映されるそうです。
先週に引き続いて、Belizeのサンゴ礁、BlueHoleのダイビングもあるらしいです。

それから、それから、愛知万博になんと、
ベリーズも参加しているんです。

3月25日〜9月25日の愛知万博、「ベリーズ?」って何?
と言わずに、ASAKOが生きてる場所を見つけたら、
夢を膨らませて、ぜひ遊びに来てくださいね!

こんな私でも元気がない時があるんです。

ここのところ、どうも調子が悪い。

頭が痛くなったり、おなかを壊したり、
何でも無いときも、動作がにぶい。

気温が高くなってきたからかな?
それとも、ルータマヤの疲れがまだ残っているのかな?

レース直後は、ピンピンしていて
体重が2キロくらい減っていて喜んでいたのに。

「健康」は、協力隊活動を充実させるためのキーワード。

久しぶりにテキストに戻って、原因を考えてみる。

健康の3要素は、「栄養」「運動」「休養」。
この3つをバランスよく、継続的に努力を重ねることで、
60歳までは、体力強化運動の効果が認められるんですって。

体力とは?
体力とは、人間の生命維持力を全体的にとらえた概念であり。
行動体力と防衛体力に分類される。

○行動体力
▲行動を起こす力
筋力・瞬発力
▲行動を調整する力
平衡性・柔軟性
▲行動を維持する力
全身持久力・筋持久力

○防衛体力
■精神的ストレスの抵抗力
■物理的ストレスの抵抗力
■生物的ストレスの抵抗力
■科学的ストレスの抵抗力
行動体力を高めて、防衛体力の充実を図ることが望ましい、そうです。

これを考えると、防衛体力の精神的ストレス(仕事がうまくはかどらない、
英語がうまく伝えられない)
物理的ストレス、(気温の上昇、エアコンが使えない)
生物的ストレス、(水の殺菌、ウィルスの増加など)
科学的ストレス、(光化学スモックなど?)

全部あてはまってる(=_=)

それじゃ、どうしよう、と思ったら、
人間の体は適度に動かすことによって、色々な能力が維持・増強されます。
「働かない」「動かない」でいると衰えることとなるのです。

だから、適度な休養をとったら、まずはやってみたい事、できる事から
やってみましょう!

近年は、全身持久力の向上が生命維持にとって重要な役割とされ、
有酸素性能力の向上を果たすウォーキングや、ジョギング、水泳、サイクリング
が代表的です。これらの中から、自分にあった物で、継続的に無理なく
できるものを選んでみましょう!ですって。

よぉし、エアロビでも行って、体を動かしてこよーっと。


生きて帰ってこれてよかったと思いました。

rutamaya

La RutaMaya・国際カヌーレースは、ベリーズシティから
ベリーズ川を約200マイル(350キロ)辿って、
サンイグナシオという、マヤ族の残る山村から、カリブ海まで3人1組でカヌーに乗り、その3人の
力だけベリーズシティに帰ってくる、という耐久レースです。

朝は5時半から夜は遅いときは7時くらいまで、漕ぎっぱなしで、
レースですから、食事もボートの中で、小便は川の中で、
4日間中は、夜はテントでキャンプ生活です。

ここで日本人、海外協力隊の15人が参加しました。
ベリージアンでも、これに挑戦する人はほとんどいず、
これを完漕するのはとても名誉なことらしく、
世界各国から冒険家たちがこれにやってきます。

極限状態を体験する、というのはこうゆうことだと思います。
それでは、4日間の日記がありますので、お楽しみください。

(前日)
夜6時から、サンイグナシオホテルにて、出場者の登録と
説明会があった。

翌日は朝5時半スタートだというのに、私はその前日から、
よく眠れなかった。

自分への挑戦へのプレッシャーと、他のメンバー全員のための
準備、ドライバーの件、テントの件、自分がレースに出ている間、
誰が添乗して、どうやってサポートをしていくか。

「悲観的に準備して、楽観的に行動する」は、協力隊の考え方だが
全くその通り。
エクセル表を作って、役割分担して、こんなに組織された行動を
するのは、この国では日本人だけだ。

計画するのはいいことだが、実際はそう上手くいかないし、
ベリージアンがこっちの感覚で、急に「僕もノセッテッテよ。」
と言われると、融通が利かなくて、ありがたいけど、
ストレスがたまってしまう。

日本人はすごい。決められたことをきっちりこなしていく。
当たり前だったことが、今はとても貴重に思える。

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(1日目)
朝5時半から、すごい歓声。人だかり。ドラムの音。
みんな興奮して、舟をゆらす。
スタートと同時に、一斉に動き始めた舟90艘は、互いにぶつかり
あって、最初の10分に何艘も転倒して、それを横目に前に進んで
いく。
初日は、よくわからなかった。
何時間も経つと、前後に舟も見えなくなって、目標の見えない中で、
体まかせにリズムを刻み、チームメイトと途方もない話をして、
舟を漕ぎ続けた。

川は人々の源だ。道路もつながっていない山の中から、マヤ族の
美しい人々が、カヌーを見に川岸に出てきていた。
中には、レースを知らずに、釣りをしている人、洗濯物や子供を
洗う人までいたが、人々を見るととても元気が出た。

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(2日目)
長い長い一日だった。朝4時起床。トランペットの音と共に起こされる。

2日目は、サルの森に入るため、人の応援からは遠ざかり、
時々、ヘリコプターと救援船が見回りに来るほかは、とても孤独な戦いだ。

自然の鳥、植物、虫の音、風のささやき、すべてが染み渡った。

そのうち12時間も同じ舟の中で、食事もおしっこも共にする3人の
人間模様が見えてくる。

私といっしょに組んだのは、もう一人の協力隊の女性と、ベリージアンの男性だった。
彼は、唯一のエンジンで舵もよく知ってる人だったが、日本人のような忍耐強さや
「和」を大事にする、という感覚が全く無かった。
私はそうは思わなかったが、それでもう一人の彼女が彼に対してストレスを感じ
はじめ、「漕がなかったら、あんたは肉の固まりよ!」と叫んだ。
彼女はまじめな性格だったので、頑張る人を見ても、頑張らない人が許せなかったのだろう。

私は、二人の罵倒の間で漕ぎながら、人間って面白いな、と思いながら黙って漕いでいた。
最後は、意識が遠くなるのを抑えるように、声を出して追い込んだ。

朝6時から、夜7時まで、約11時間、100キロの道のりである。

(3日目)
昨日のチームメートの喧嘩の後、ベリージアンの男性は、
見違えたようにリーダーシップを取り出した。

今日は午後3時までと決まっていたので、朝から、トイレ休憩も
ごはん休憩もとらずに、水とチョコレートで頑張った。

便秘のせいで、気分がよくなく脱水症状になりかけ、あっちの世界と
こっちの世界を行ったり、来たりしながら漕ぎ続けた。

へびが舟のすぐ傍を泳いでいた。

肉体的に痛みにはもう慣れたので、ただ漕ぐだけ。
もう回りの景色を見ている余裕がなくて、ただひたすら早くゴールしたかった。

ゴールしたら、川で体を洗うぞ、それだけがモチベーションだった。

(4日目)

ついに、舟は山からベリーズシティへ。
他の協力隊の舟には、負けたくなかった。

rutamaya3

ゴールまじかにサポーターチームの日の丸が見えたときは本当に感動。
愛国精神、こんなにあったかな、っていうくらい
日本人チームの応援がうれしい。サポーターが4日間いてくれたから
頑張れた。全然知らないベリーズ人も、「レッツゴー・レッツゴー」
って、やっぱりレースは皆がいてこそ、いなかったら、
た漂流してるのも同じだもんね。(笑)

人生でマラソンを経験してから、他にどんな可能性があるだろう、って
思っていた。脚力が弱いから、坂道マラソン、腕の筋肉が弱いから、
カヌーレース。苦手なものを乗り越えるたび、これからだってできる、
って、強くなった気がする。

知ることで、怖いし、耐えられないこともいっぱいあるけど、
乗り越えるしかないから、今はまだ限界を知らない。


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