中米カリブの女社長ブログThis is ベリーズ!”

日本人ベリーズ政府観光局公認ガイド、ツアー/コーディネート会社 ベリーズコンシェルジュと日本食レストランの顧問をしているソリス麻子のブログです。

July 2005

34f1b5b0.JPGながーい夏休み、暇をもてあます子供たち。
先生も今は休暇中ということで、

同じ協力隊の美術の先生に協力をお願いして、事務局で
2日間のワークショップを開きました。

コンセプトは、稼ぐ力をつける!売れるおみやげ品づくり!

tourist villege実は、ツーリストビレッジというところにあるYFFのブースに
試験的に先生デザインのアニマルクラフトを置いていたんですが、
これが4Bz(約200円)で結構売れたんです。

goods材料は、新聞紙、ボール紙、マスキングテープ、小麦粉、絵の具、ニス
だけ、ということで、原価も抑えられるし、製作者に売り上げを還元できたら、
ということで、先生は技術を移転。

この小麦粉を溶かして、新聞紙を貼るっていうのがポイントで
乾くと固くなるんですよね。デザインもそれぞれに味が出せるもので
子供たちも大興奮。

sennseito売れる、までの商品には至りませんでしたが、
子供たちにも楽しんでもらえて、私も久々に子供たちと触れ合えて
良かったです。口から出る言葉が完全にクレオール(なまり英語)
だったので、自分でもびっくりしました。

6999b630.JPGこちら配属先の暴力紛争解決部門で、新しく始まったプロジェクトがこちら。
なにやら、ストリートのおにいさんたちが、自転車とにらめっこしています。この自転車、実はベリーズの警察署から寄付して
もらったものなんです。わけありのものから、部品がないものまで、私たちYouth For The Future(未来のための
青年事務局)がお助けします!ということで、

chari2
青年たちに自転車の治し方を教え、安い賃金で販売につなげます。

普段は働かないあんちゃんたちも、何かやることができて
うれしそう。

chari1
私たちの仕事は、人と物をつなげるコーディネーションの仕事で、
本当にちょっとしたきっかけづくりなのだ、と実感します。

この模様は、ベリーズのテレビ局も取材しに来て放映されました。
こうゆう明るいニュースがずっと続くといいですよね。

ベリーズの国がおかしいです。どうおかしいかというと、
あれれ、最近オフィスに紙がないぞ。コピー用紙やトイレットペーパーも。

どうやら資金不足なのは、私の配属先だけでなく政府組織の
機関すべてらしいのです。ベリーズ国の財政が行き詰っており、
税金を上げるといえば、ストライキが起こり、政府としてもにっちも
さっちもいかなくなっているよう。

そんなとき、オランダモデル、という本に出会った。
80年代には、失業率が2ケタ、財政赤字はGDP(国内総生産)比で6.6%に
膨らんだ国が、90年代後半には失業率3%台、99年にはついに財政の黒字化も
達成した。他のEU加盟国がなお高失業率にあえぐ中で、「オランダ病」と言われた
国をわずか15年で立て直すことができたのは、ダッチモデル、という特有の経済・
社会システムを持ったからだという。

パートタイム革命として労働時間を時間切りにしてわりふった失業率対策だけでなく、
民間の高齢者介護社会づくり、売春と麻薬を黙認して管理する社会悪制御づくりなど
見習える点は、ベリーズも日本もたくさんありそうだ。

いよいよドーナツショップオープンに向けて、試作品を作り
営業開始です。
早速、ガソリンスタンドに24個、週に2回買ってもらえることに。
これで、損益分岐点はクリアできるので、これ以上買って
もらったものが、純利益になります。

ブースも来週には届く予定で、これまでにオフィスや
大使館邸で3度の研修をやって、何とか同じようにできるように
なりました。

さて、問題は誰がこのお店をやるか、ですが。
これまで5人の起業家育成候補を見てきましたが、なかなか
みんな飽きっぽかったり、口ばっかりで店を出来る人が
いないのが現状です・・・。

BBQのように、当分はYFFで店を負って、バイト制で人を雇い、
少しずつ、材料仕入れから販売まで自分たちでマネージできる
ように育てます。

どこの国でも同じだと思うんですが、異性の友達と話していると
必ずこうゆう話になりますよね。

ベリーズは独立後、人口を増やすために世界中から入植者を受け
入れたので、周辺のカリブ系をはじめ、ヨーロッパ系、台湾系中国人
、インド人など、世界中から色々な人が集まりました。だから、それぞれ
感覚がちがうのは当たり前です。

ある同僚が、女性のうちに10回も通ったのに振り向いてくれない、と
泣いていました。私は、電話をして、アポイントをとってから
行きなさい、と言いました。

日本だったら、デートをしたい少なくとも一週間前に約束をとって、
前日に確認の電話をしたほうがいい、と教えたのです。

そういうことが彼は始めてだったみたいで、
日本の女性は、デートの前におしゃれをしたり、その人のことを考えて
準備するのも、恋愛のプロセスなんだよ、と言ったら、えらく感動して、
べりージアンだったら、化粧もしないし、常に家で座ってしゃべってるんで、
なるほど文化がちがうとベースがちがうので、ちょっとしたことも
説明しなくちゃいけない、やっぱり大変だな。。。と思いました。


ご存知の方も多いと思うんですけど、
私、いつも何かをしていないと気がすまない性格なんです。(涙)

これって病気かも、と思うこともあります。
「忙しい」のとは、ちがう。どちかというと、自分でそういう状態に
追い込んでいる。
「忙しい」というと、自分の時間がなくて、仕事に追われてる感じが
しますけど、私の場合は全部自分の時間、1日1時間1分1秒を
意義もって生きたいじゃないですか。

だから、何にもない時間がとても苦手。

たまには、じっとしていることも大切なんじゃないかって、
「1日、机で一つの事をずっと考えてる日があっても
いいんじゃないか」ってある人に言われて、そうだな、と思って、
自分から仕事を入れずにやってみようと思ったんですけど、

でも、そしたら体力あまっちゃうから、朝から、マラソンして、
自転車乗って、海で泳いでから、会社行ったら、さすがに
頭いたくなってきちゃって、じっとしていられなくなっちゃった。(大バカ)

気持ち悪くなりながら、私ってほんとにバカだな、と落ち込んで
まわりを見ると、会社で他のベリーズ人は、ただしゃべって
のらりくらりとやってきて、たわいもない話に花が咲いている。

たまには、私も交ざってみるんですけどね。
あと1年は、自分がどう動くかより、周りをどうやって動かすか、を
考えてみようかな。
余計なお世話かしら。考える前に動いちゃうんですけどね。

いい訓練でした。海の前に住んでるもんで、念には念を、と
対策してたのですが、ベリーズのバリアリーフのおかげでしょうか、
ハリケーンは少し北にそれて、通り過ぎて行きました。

そもそも、台風とハリケーンってどうちがうの?
ということで、調べてみました。

【台風・・・とは、北太平洋西部および南シナ海に発生して
アジア大陸、フィリピン、日本列島などに襲来する
中心付近の最大風速が毎秒17.2メートル以上の熱帯低気圧。】

【ハリケーンとは、カリブ海、メキシコ湾、北大西洋西部、
北太平洋東部に発生する最大風速毎秒32.7メートル以上の
熱帯低気圧。】

日本だと、台風が日本の一部を通り過ぎる、ということはありますが、
ベリーズの場合、ハリケーンがまっすぐ来たら、ハリケーンの中に
すっぽり国が入っちゃうくらいの規模が違います。風速も倍以上ちがうのに、
こっちの建築物は日本ほど強くないので、ベリーズ人は警報が出ると
窓に板を打ち付ける、など対策してました。

ちなみにデジカメ本体のバッテリーが寿命を迎えてしまったので、
ここからしばらく写真投稿ができなくなります。

ベリーズじゃ、売ってないよなー。。。

ハリケーンが来るとのことで、事務所より
荷物をまとめて、高台に非難するように、との指示。

家の中で床についているものは、すべてベッドの上に
乗せて、大事なものをもって、友達の家に来ています。

ハリケーン情報
http://www.nhc.noaa.gov/refresh/graphics_at5+shtml/143936.shtml?5day

184303f5.JPGPeace Coop(通称ピースコー)というアメリカ版青年協力隊がYFFに
5人やってきたんですね。もともと私は戦略企画のヘッドオフィスに
いて、4人はその下の地方配属になるのですが、もう1人が私と同じ
エンタープライズに来るか、戦略企画に来るかで、私もとばされる覚悟をしてました。
正直、アメリカ人と比べられたら、語学も絶対スムーズな彼らをとるかな、と
思ったのですが、上司のタートンが私と仕事をしたい、と止めてくれたんですね。

語学ができるアメリカ人より、従順でよく働く日本人の方がいいと
いうことでした。またアジア系だと、中国人のビジネスコミュニティにも
入っていきやすいので、エンタープライズの仕事の幅が広がるからかも知れません。、

辞めたいと思うこともあったけど、でもやっぱりここにいれて
良かった。今日で、ちょうどベリーズ赴任一年目でした。


あと1年、ここで働けて良かった、と思えるように頑張りたい。

前々から企画していたベリーズリーダーズのためのキャンプですが、
財政上の問題で、延期という形で、12月に先送りになりました。

ベリーズでは、いつものことですが、直前になるまで
資金繰りが見えず与えられずで、それでも何とかなるので
途上国のやり方で、寄付を募りながら待っていたのですが、
一回目の去年とちがって、政府の対応も苦しく、ダイレクターの
退任も重なって、先送りせざるを得なくなってしまいました。

ボランティアを呼んだ責任から、何度も上司に聞きに行き、
日本からの採用活動も終わったところだったので、
大変な問題だったのですが、12月までに彼らと準備期間を
持って、企画から運営までもっと密にやれると思えば、
結果的によかったのかな、と思うようにしています。

現地のこちらでも、寄付は、一般の企業だけでなく、
砂糖農家、にわとり農家、ガソリンステーション、バス会社まで
全部回りつくしていたところだったので、圧巻でした。

JICAの活動支援費があるならば、私は使いたかったな、
と思ったのですが、事務所はやはり心得てか、一円も出してくれませんでした。
現地のやり方に従え、ということなのだと思います。

私の力だけでは、どうにもならないこと。
こういうことが自分の中でコントロールできるようになりたい。

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