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kia昨日も芸術祭の裏方として参加しにいったのですが、
楽屋で思いがけない再会がありました。


楽屋で出番待ちをしていたら、目の前で可愛い女の子が
にこにこしていて、「あれ?」と思ったら

彼女は・・・・!!!
2年前に子宮ガンで亡くなったエバリーの末っ子の
キアちゃんだったのです。

エバリーは、私がベリーズに来た時の初めての親友。
協力隊時代の少年事務所の同僚で、友達としてベリーズの
ことは何でも教えてくれた、家や地元のパーティに連れてってくれたり、
刑務所の中まで裏の裏のベリーズを教えてくれた友達。

30歳ちょっとで、6人の子供がいて、旦那さんは刑務所に
入ってて、すっごい大変なのに、彼のことすごく愛してて、
8年の刑期を毎月通って、頑張ってた。私の任期が終わる頃、
ちょうど刑期を終えて、彼はようやっと出所したと思ったら、
エバリーがコンドームつけないと嫌と拒んだら、彼が出て行った、と
一緒に泣いた時もあった。

任期が終わって、日本に帰る前にまた帰ってくるからね、
と戻ったら、私がベリーズを発った2日後、彼女が亡くなったことを
聞かされた。そんなことがあるものか、とショック呆然だった。

ベリーズに戻って、お墓にお花を捧げて、彼女の家に行ってみた
けど、子供たちはみんなよそへ引き取られていて、どうなったんだろうと
心配だった。キアちゃんは、当時3歳。ママの最後を一緒に見取ったそう。

そのキアちゃん、現在5歳。今日目の前にいる。
元気そうで良かった〜、と安堵と共に、連れ添いの男が私に一言。

「俺を覚えているか。」

「・・・・・???」

「俺がキアの父親だ。」

び、び、びっくりしました。だって、彼は刑務所の鉄ごしにドレットで
ラスタマンでもうそれは、煙い男だったのに、私の目の前にいたのは、
丸刈りでさわやかなお父さんだったんですもの。

それから、子どもたちが彼を変えたこと、仕事をして家族を大切に
していることなどがわかって、本当に涙がこぼれそうだった。

私は彼女なら、養子としてもらってもいい、と思ってたんですもの。

今はまだ私も余裕がないけれど、例えば10年後、キアちゃんが
学校に行きたいとか、私も40歳なったら援助してあげられるように
なりたい、と本気で思った。彼女の残したものは大きい。

写真左は、故エバリー。右は、エバリーに編んでもらった私の頭。
evalee
atama

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この記事へのコメント

1. Posted by yukiko   May 29, 2008 20:44
エバリーとキアちゃんに、確か見覚えが・・・

よーく覚えてます。
おうちにお邪魔して、髪編んでもらった時のこと
キアちゃん達と、写真いっぱい撮ったこと

エバリーのこと、驚きました。

キアちゃんのスマイルは変わらず。
彼女のその後、たまに載せて!
2. Posted by Asako   May 29, 2008 21:53
)Yukikoさん

そうなんです。もうガンの検査って何百bzもかかるらしくて、何もかもが遅くて、エバリー亡くなる半年前くらいにがん告知されたんだけど、そこからファンド集めて、メリダまで行って、でもそのときにはもう遅すぎて、私が帰る頃はソファーでずっと横たわってて、「いたい、いたい」って子どもたちに囲まれ亡くなったのて。。キアは、頑張ったんだね

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